【犬編】第5回:各種疾患と食事
はじめに
今回がペットの食事学の最終回です。「いろいろな疾患と食事」について紹介します。いわば臨床栄養学です。
肝臓疾患
肝臓の機能は、代謝・合成、貯蔵、解毒です。脂肪、炭水化物、蛋白質などの代謝を行い、必要な物質を合成します。
エネルギーを貯蔵しますし、ビタミン・ミネラルも貯蔵します。また、体の中の毒物を解毒する機能を持っています。さらに胆汁酸を作り、それを分泌することで消化を助けます。このようにいろいろな機能を有する重要な臓器が肝臓です。
肝臓に疾患がある犬は、活動が鈍く、ぼんやりしていることが多くなります。食欲も減退します。その結果として体重が減少します。嘔吐、下痢もときどき見られます。
重症例では、黄疸(白目の部分が黄色味を帯びます)、腹水(腹部がぷっくらとします)なども見られます。
肝性脳症という神経症状を伴った状態に陥ることもあります。大腸(結腸)で作られた毒物などの影響です。肝臓がこれを解毒できないのです。意味もなくぐるぐる回ったり、走り回ったり、攻撃性が高くなったりします。そしてついには痙攣・昏睡・死亡に至ります。
肝臓疾患の原因はさまざまです。感染症(犬伝染性肝炎、犬レプトスピラ病)であったり、炎症(肝炎、肝硬変など)があったり、薬物・毒物であったり、門脈体循環シャント(先天的、あるいは後天的に消化管などからの血液を集めて肝臓に送る血管と体循環の血管がつながってしまい種々の障害が出てくる疾患)であったり、内分泌性疾患だったり、腫瘍だったり、多種多様です。その上、なかなか原因が特定できないのが肝臓疾患です。
肝臓疾患は、肝臓の触診(肥大・萎縮がわかります)と血液検査(いろいろな肝機能がわかります)を組み合わせて診断していきますが、これは獣医さんの領域です。
肝臓疾患には治療と管理があります。疾患の進行を緩めたり、合併症を管理したりします。栄養学的な対処は"肝機能に負担のかかることを軽減し、肝の再生を促進する"が原則です。
肝臓疾患への対処法
- 消化の優れた食事にする(嗜好性にも気を使って)
- 食事の量は維持量を目安にする(必要カロリー量は確保する)
- 1回の食事は少量にして回数を増やす
- 食塩、蛋白質のコントロール(良質な蛋白質を:チーズなどの乳製品および卵)
- ビタミンB群を強化する
- 炭水化物(ご飯、パンなど)でエネルギーを補給する
- 下痢・脂肪便が見られるときは脂肪を制限する
- 脳障害があるときは蛋白質を厳しく制限する
- 腹水・浮腫があるときは食塩を厳しく制限する
<どの疾患にも共通>
※適切な対処(原因の除去、炎症治療など)を動物病院にお願いする
※安静が必要な場合はケージなどに収容する
腎臓疾患
体の中の老廃物を"濾過"し、必要なものは"再吸収"し、不要なものは尿として"排泄"するのが腎臓の役割です。
腎機能が低下すると、必要なものが出て行き、不要なものが体の中に溜まることになります。不要なものは体に悪影響を与える物がほとんどで、これがいろいろな障害を誘起します。
腎臓の機能障害を腎不全といいます。感染症、薬物中毒などで腎機能が急激に低下する急性腎不全と、腎機能が徐々に弱ってくる慢性腎不全に分かれます。ここでは比較的多い慢性腎不全を中心として話を進めます。
慢性腎不全は通常老齢犬に見られます。水を飲む量が増え、尿の回数・量が増え、ときどき嘔吐があるなどの症状が見られます。徐々に進行した場合は気づきにくいのですが、夜間に排尿回数が増えたことで気づかれることが多いようです。
食欲不振、体重減少、口の中の潰瘍、下痢なども見られます。腎機能の異常は、主として尿検査と血液検査で診断され、輸液・投薬・透析が必要な場合もあります。
一旦腎臓が損傷を受けると、腎機能の悪化は確実に進行します。栄養学的には高蛋白質食、高リン食、高塩分食を避けることが大切です。
腎不全への対処法
- 新鮮な水をいつでも飲めるようにしておく
- 適正体重を維持できるカロリーを与える
- 食事は少量ずつ数回に分けて与える
- ビタミンD、B、Cの補給は有効、ビタミンAの補給は有害
- ナトリウム(塩分)、リンを制限する
- 嘔吐が止まらない場合は1~2日の絶食
尿路疾患(特に結石)
尿管とは腎臓から膀胱に尿を送る管です。膀胱は一時的な尿の貯蔵室で、膀胱から尿道を通って尿は体外に排泄されます。
尿路を閉塞する原因の多くは尿石症です。尿路に結石ができる疾患です。結石ができる場所により、腎結石、尿管結石、膀胱結石、尿道結石と呼ばれます。
結石は、ミネラル老廃物が十分に溶解されずに結晶・沈殿となり、さらにそれが成長して大きくなったものです。結石形成には、感染、食事、腸の吸収、尿の量、尿の回数、遺伝などが影響します。
結石が特に尿道を塞ぐと、痛みを伴う排尿困難と血尿が見られます。さらに完全に閉塞すると腎不全の症状が出てきます。
尿石症は触診、X線検査などで確定診断します。治療法は内科的治療(結石の溶解)と外科的治療(結石の摘出)です。まずは尿路感染の治療と結石の除去(あるいは溶解)から始まり、栄養学的面からの再発予防となります。結石を形成する物質を過剰に摂取させないようにすることと尿pHのコントロールが再発予防に重要です。なお、"食事療法食"として、結石溶解や再発防止を考慮したフードが動物病院から処方されています。
犬に最も一般的な尿結石はストルバイト(MgNH4PO4・6H2O)で構成されています。ほとんどの場合が細菌(ブドウ球菌、プロテウス菌など)の尿路感染が原因です。
細菌感染により尿がアルカリ性になり、このアルカリ性環境でストルバイト結石は形成されます。
ストルバイトはマグネシウムとアンモニアとリンが主成分です。再発防止にはこの成分を抑えなければなりません。低蛋白・低カルシウム・低マグネシウム・低リンの食事を与えなければなりません。
同時に尿pHを酸性に保つようにしなければなりません。なお、ストルバイト結石再発予防に適したフードも動物病院で手に入ります。
結石の組成によって、尿酸アンモニウム結石、シスチン結石、シュウ酸カルシウム結石などもあります。これらの結石の再発予防には、ストルバイト結石とは逆に尿のpHをアルカリ性にする必要があります。
低蛋白・低カルシウム・低シュウ酸塩のアルカリ化食を与えます。詳しくは動物病院に相談しましょう。
心臓疾患
心臓疾患を持つ犬の10~15%が心不全の症状を示します。心機能が低下すると、末端への酸素供給量が減ってきます。結果として運動を嫌がることが多くなります。
これが家族の方が最初に気付く共通の症状です。その他、運動や興奮で咳・呼吸困難があったり、腹水のため腹部が膨らんだり、尿量が増えたり、飲水量が増えたりします。
先天性心臓疾患も原因の一つですが、肥満・腎疾患などによる高血圧もその原因となります。
心臓疾患には食事管理が有効です。体の栄養必要量を満たしつつ、心臓への負担を軽減することが目的です。
心不全の臨床症状が出る前に体内ではナトリウムの貯留が始まります。したがって病状に応じて食事中のナトリウム制限を行う必要があります。専用のフードがあるので動物病院に相談しましょう。
また肥満なら減量、腎疾患を併発している場合は蛋白質の制限も必要です。
犬の日常環境の改善も心不全の予防策です。例えば、高温環境を避ける、激しい運動はさせない、仕事を強制しないなどです。いずれも安静時の心拍数を維持させることが基本です。重症の場合は安静が第一です。
内分泌疾患
ここでは食事管理が特に重要とされる糖尿病について紹介することにします。
糖尿病は膵臓から分泌されているインスリンが欠乏することによる病気です。炭水化物の代謝が慢性的に障害を受けます。動物種では犬と猫に比較的多く、犬では雌の方が雄より2倍近く多く発症します。
これは糖尿病の多くが自己免疫疾患であるためです。とくに不妊手術を受けていない雌では、黄体ホルモン(プロゲステロン)とその作用でさらに分泌される成長ホルモンが一緒になり、インスリン抵抗性(インスリンへの反応の低下)になります。このような"発情性糖尿病"は、妊娠・出産を経ると発症率はさらに高くなります。
大型犬より小型犬に多いといわれていますが、どの犬種でも発症の可能性があります。
糖尿病の原因は、インスリン産生量の低下(膵臓の障害)、インスリン感受性の低下(インスリンへの反応が鈍くなる)、インスリン輸送の障害(抗体ができてインスリンが働く場所にたどり着けない)などです。ストレスも引き金になります。
糖尿病の症状は、尿の回数が多い(多尿)、水をよく飲む(多飲)です。尋常とは思えない量です。元気もなくなります。食欲は増しますが、体重は減少していきます。また、白内障になることもあります。糖尿病の発症はしばしば突然起こります。そして、その後の経過はとても長くなります。細菌・カビなどの感染に対する抵抗力が落ち、膀胱炎、皮膚炎などが長引いたり、再発を繰り返したりします。
食事療法で大切なのは複合炭水化物食です。デンプンと食物繊維がよく使われます。
炭水化物は避けるべきと考えがちですが、現在の推奨食事療法はそうではありません。複合炭水化物は吸収に長時間を要し、血糖値を急激に上げることはありません。
一方、単糖だと吸収が早すぎます。糖尿病に単一の糖を含むフード(半生タイプ)は避けたほうが良いようです。血糖値をコントロールするために、1日当たりの食事の総量は同じでも何回かに分けて与えることが推奨されています。
当然ながらインスリンの投与は欠かせません。また、適度な運動も推奨されています。
すでに病気が進行している犬では体重が大幅に低下しています。まずは高カロリー食で状態を安定させ、それから食事制限です。
骨疾患
- 栄養の不均衡が原因かどうかを調べる(他の疾患も多い)
- 適正な食事を与えるようにする(発育速度が急速過ぎない程度に)
- 発育期に自由採食をさせない
- バランスの良い食事を与えても、なお骨疾患が見られた場合、食事量を25%程度減少させる
- バランスの良い食事を与える限り、カルシウム、リン、ビタミンD、ビタミンAをさらに添加する必要はない
皮膚病
栄養障害による皮膚病は、栄養供給量の不足、消化管からの吸収障害、ある栄養素の移送や代謝の不完全さで生じると考えられています。
バランスの取れた食事を与えている限り、特定の栄養素が欠乏することはごくまれなことです。ただし、多くの栄養素は複雑な相互関係にあり、一つの栄養素のわずかな量的変化が他の栄養素に影響を及ぼすこともあります。例えば亜鉛です。カルシウム、鉄を多く与えると、亜鉛の吸収が悪くなり、相対的に亜鉛欠乏となります。
犬の皮膚病の原因は本当にさまざまです。外部寄生虫であったり、感染症であったり、代謝異常であったり、内分泌疾患であったり、環境や管理の失宜であったりなどです。その中で、栄養が関係する皮膚病を"栄養反応性皮膚疾患"といいます。特定の栄養素の欠乏だけではありません。食物アレルギーもその範疇です。
極論かもしれませんが「臨床的に栄養素を加えることで改善できるのは、必須脂肪酸、ビタミンA、亜鉛に関連した皮膚症例だけである」との意見があります。その3つを簡単に紹介します。
必須脂肪酸
必須脂肪酸の皮膚における役割は、水分と結合して皮膚にしなやかさと弾力性を与えること、皮膚にバリア機能を与えることです。
必須脂肪酸欠乏による皮膚病では、初期には細かいフケを伴った光沢のない毛になり、長期にわたると脱毛、そして細菌感染による化膿がみられるようになります。
ドライタイプのフードが、暑い所、湿度の高い所に長期間保存された場合は十分量の必須脂肪酸を含有していないこともあります。要注意です。
ビタミンA
ビタミンAは表皮細胞の増殖と分化に関係しています。これが不足すると角化亢進(皮膚がカサカサ・固くなる)、脱毛がみられるようになります。
脂肪が制限された食事を与えられた場合、あるいは脂肪吸収が悪い犬が成長して妊娠・泌乳の時期になったときにビタミンA欠乏に陥りやすいといわれています。
亜鉛
亜鉛が関連する皮膚病はシンドローム1と2に区別されています。シンドローム2はどの犬種でもみられ、成長の早い犬が不完全な食事を与えられた場合に起こります。問題はシンドローム1です。シンドローム1ではもともと小腸での亜鉛の吸収が悪いことが原因です。シンドローム2は一時的な亜鉛の補給で改善できますが、シンドローム1では生涯にわたって亜鉛補給が必要になります。