【犬編】第2回:怖い・犬の感染症(1)

はじめに

本講座2回目は、「コアワクチン」と呼ばれるものに含まれる感染症(生命が危険に曝され防御不可欠な感染症、人と動物の共通感染症、多数の動物に被害が広がる危険がある感染症)に分類される犬ジステンパー、犬伝染性肝炎、犬アデノウイルス(2型)感染症および犬パルボウイルス感染症について解説します。

犬ジステンパー

症状

犬ジステンパーは、Paramyxoviridae科Morbilivirus属のジステンパーウイルス(CDV)によって起こるウイルス性の感染症です。この感染症は、CDVに感染した犬の目やに、鼻水、唾液、尿、および糞便などの排泄物との接触や、感染犬の咳やくしゃみなどの飛沫物によって感染します。

CDVに感染すると、目やにや鼻水、発熱、食欲の低下などさまざまな症状が現れます。一般的に初期症状は軽いとされていますが、抵抗力の弱い子犬や老齢犬などの場合は、二次的な細菌感染も起こりやすく、結果として重篤な症状を引き起こす場合があります。
また、CDVが脳神経細胞や脊髄の神経細胞に侵入すると顔や手足の筋肉に「チック」と呼ばれる痙攣発作や、神経症状や脳炎が起こり、歩行困難などの障害や最悪の場合には死に至ることもある怖い感染症です。

またジステンパーウイルスは、犬やキツネなどの犬科動物だけでなく、フェレットやアライグマ、さらにはライオン、トラおよびヒョウなどの野生動物にも感染することが知られています。

治療法

診断は臨床症状が中心となりますが、現在では目、鼻、口、および直腸からウイルスの排泄があるか病院内で検査できる診断キットがあり、CDVの確定診断に利用されています。
ジステンパーウイルスに感染した場合、残念ながら有効な治療薬はありません。そのため、治療は細菌などの二次感染を抑えるための抗生物質投与や点滴などの対症療法しか手段がありません。

予防

犬ジステンパーの予防には、ワクチンが有効です。通常他の感染症に対するワクチンと組み合わせた「混合ワクチン」が使用されます。

犬伝染性肝炎

症状

犬伝染性肝炎は、Adenoviridae 科Mastadenovirus属に属する犬アデノウイルス(CAV)によって起こるウイルス性の感染症です。犬伝染性肝炎の原因ウイルスは、次項で説明する「犬アデノウイルス(2型)感染症」の原因ウイルスと同じ属のウイルスですが、抗原の型が異なることから前者を犬アデノウイルス(1型)(CAV-1)、後者を犬アデノウイルス(2型)(CAV-2)と呼び区別しています。

この感染症は、CDV同様、CAV-1に感染した犬の分泌物や排泄物との接触によって感染します。1歳以下の幼若な犬では、比較的重篤な症状を示すことが多く、発熱、下痢、嘔吐、および腹痛などの症状が認められ、最悪の場合には死に至ることもある怖い感染症です。また、重篤な症状を示した犬では、回復期に「ブルーアイ」と呼ばれる角膜の混濁が見られる場合もあります。

治療法

犬伝染性肝炎に直接効果を示す有効な治療薬はありません。この感染症の原因ウイルスであるCAVは、通常の環境中では数日から数カ月生存し、感染犬との直接の接触がなくても感染してしまう危険があります。そのため感染した犬は、同居する犬から速やかに隔離するとともに、分泌物や排泄物を徹底して消毒(※1)することが重要です。治療は細菌などの二次感染を抑えるための抗生物質投与や点滴などの対症療法が中心になります。

※1: 塩素系消毒薬が比較的有効です。アルコール、クレゾール、逆性石鹸などはあまり効果が期待できません。また、ウイルスの量が多い場合は60℃で1時間加熱しても完全に死滅させることはできません。

予防

犬伝染性肝炎は、次項で説明する「犬アデノウイルス(2型)感染症」に対するワクチンを用いることで同時に予防することができます。
この犬アデノウイルス(2型)感染症ワクチンも犬ジステンパーワクチン同様、他の感染症に対するワクチンと組み合わせた「混合ワクチン」が使用されます。

犬アデノウイルス(2型)感染症(犬伝染性喉頭気管炎)

症状

犬アデノウイルス(2型)感染症(犬伝染性喉頭気管炎)は、先に述べた犬伝染性肝炎と同じ属に属する犬アデノウイルス(CAV)によって起こるウイルス性の感染症で、犬アデノウイルス(2型)(CAV-2)を原因としています。

本感染症も犬伝染性肝炎と同様、感染した犬の分泌物・排泄物との接触や感染した犬の咳やくしゃみ、鼻水などの飛沫物によって感染します。症状は発咳を特徴とする上部気道炎を示し、「ケンネルコフ」と呼ばれる「犬のカゼ」の病原体の一つと考えられています。

治療法

本感染症の治療は、感染率は高いものの致死率が低いことから細菌などの二次感染を抑えるための抗生物質投与や点滴などの対症療法が中心になります。
原因ウイルスは、先の犬伝染性肝炎と同様のウイルスであることから、感染した場合は同居犬から速やかに隔離し、分泌物や排泄物を徹底して消毒することが重要となります。

予防

犬アデノウイルス(2型)感染症ワクチンを用いることで犬伝染性肝炎と同時に予防することができます。
この犬アデノウイルス(2型)感染症ワクチンも犬ジステンパーワクチン同様、他の感染症に対するワクチンと組み合わせた「混合ワクチン」が使用されます。

犬パルボウイルス感染症

症状

Parvoviridae科Parvovirus属に属する犬パルボウイルス(CPV)によって起こるウイルス性の感染症です。犬のパルボウイルス感染症としては、1967年に報告された「犬微小ウイルス (Minute Virus of Canines)感染症」と1970年代後半に突如として出現し、爆発的に世界に広がった致死性の「犬パルボウイルス(2型)感染症」の2つが知られています。

両感染症ともパルボウイルスを原因としていますが、ウイルス学的に全く異なるウイルスであることから前者を「犬パルボウイルス1型」、後者を「犬パルボウイルス2型」として区別しています。

現在、臨床上重要なパルボウイルス感染症は、「犬パルボウイルス2型」を原因とする「犬パルボウイルス(2型)感染症」であり、本感染症は、臨床上・病理学的に腸炎型と心筋炎型の2つに大別されます。 腸炎型は、母犬から初乳を介して受け取る免疫抗体の減衰に伴って認められる場合が多く、発熱、元気・食欲の減退、特に下痢、嘔吐、ひどい場合は血便を呈し、脱水や白血球の減少等が見られ、死に至ることもあるとても怖い感染症です。

一方、心筋炎型は最近では報告は少なくなりましたが3~12週齢の子犬に見られ、特に8週齢以下では急性の経過をたどります。前駆症状として突然の吐き気や不整脈が認められる場合もありますが、急性症例では突然の虚脱や呼吸困難を起こし多くは急死してしまいます。

治療法

原因ウイルスである犬パルボウイルスは、環境に対して非常に強い耐性を示し、通常の環境中では数カ月から場合によっては数年間生存すると言われています。本ウイルスは酸やアルカリ、さらに50℃近い熱に対しても耐性を示し、次亜塩素酸ナトリウムやホルマリンと言った効果の非常に強い消毒薬でなければ死滅させることはできません。

犬パルボウイルス(2型)感染症と診断された場合には、嘔吐や下痢による脱水症状の緩和のための点滴や二次感染予防のための抗生物質投与などの対症療法が中心となります。
尚、他の感染症同様に感染した犬の速やかな隔離と徹底した消毒は言うまでもありません。

予防

犬パルボウイルス(2型)感染症に対するワクチンは、単味ワクチンに加え、混合ワクチンが使用されています。