【犬編】第1回:狂犬病
はじめに
このコーナーでは、5回に分けて犬の感染症について解説します。
「犬の感染症」と一口に言っても数多くの感染症があります。そこで、現在市販されている「ワクチン」の視点から、「コアワクチン」と呼ばれるものに含まれる感染症(生命が危険に曝され防御不可欠な感染症、人と動物の共通感染症、多数の動物に被害が広がる危険がある感染症)と、それ以外の「ノンコアワクチン」と呼ばれるものに含まれる感染症(住環境などから危険度を考慮し接種するか判断するような感染症)という分類に従って解説していく予定です。
狂犬病(Rabies)
狂犬病は、Rhabdoviridae科Lyssavirus属の狂犬病ウイルス(略してRV:Rabies Virus)によって起こるウイルス性の感染症です。この狂犬病ウイルスは人を含むすべての哺乳類に感染し、発症した個体は、ほぼ100%死亡する非常に恐ろしい感染症です。世界では狂犬病により年間5万5千人が死亡し、2億5千万人の人々が狂犬病ウイルス感染の危険に曝されているとされています。
日本では昭和25年に「狂犬病予防法」が制定され、犬の登録とワクチン接種が義務付けられ、それにより狂犬病は国内から駆逐され、現在、日本は「狂犬病清浄国」となっています。「狂犬病清浄国」は、日本を含めた数カ国しかなく、欧米の先進国においても僅かながら狂犬病が発生しており、アジア・アフリカ諸国の流行地域では未だに多くの発生が報告されています。
「清浄国」である日本においても、平成18年11月に2例の人での「狂犬病」が発生しました。これは、狂犬病の流行地を訪問した際に感染し、帰国後に発症した「輸入狂犬病」と言われる事例です。この事例は「狂犬病」が過去の感染症ではなく、国外では日常的に存在する重要な感染症であり、いつ日本に侵入してきてもおかしくないことを示唆しています。
狂犬病の流行を制御するには犬の60%以上が免疫を持っている必要があるとの報告(Coleman PG & Dye C, Vaccine 14 : 1996)もあり、万が一、「輸入狂犬病」により日本国内に狂犬病が侵入し、野外に流布した場合、ワクチン接種率が「流行」の重要なポイントになることは言うまでもありません。
症状
人の狂犬病は、主に狂犬病を発症した犬による咬傷により、唾液中に排出されるウイルスが傷口から体内に侵入することにより感染します。体内に侵入したウイルスは、末梢神経を伝わって中枢神経組織に達し、そこで大量に増殖します。
狂犬病を発症した犬は、物事に対して極めて過敏になり、狂騒状態となって、目の前にあるもの全てに咬みついて攻撃するようになります。その後、今までの症状は消失し、全身の麻痺が起こり、最後は昏睡状態になって死亡します(狂騒型狂犬病)。
狂犬病の症状には、この「狂騒型狂犬病」のほかに、狂騒状態を示さず終始麻痺状態の症状を示す「麻痺型狂犬病」もあります。
治療法
狂犬病は一旦発病すると、現段階では治療方法はまったくありません。
人の場合、感染初期であれば狂犬病ワクチンの接種とともに狂犬病用免疫グロブリンの併用が勧められていますが、残念ながら日本では狂犬病用免疫グロブリンは認可されていないため使用できません。
一方、犬の場合は、発症してから診断されることがほとんどのため治療方法はありません。 そのため狂犬病は、予防が第一で「狂犬病ワクチン」の接種が現段階での最良の狂犬病対策となります。
狂犬病ワクチン
狂犬病ワクチンは、組織培養で増やした狂犬病ウイルスを不活化した「組織培養不活化ワクチン」として国内5社から販売されています。
犬の所有者は91日齢以上の犬について、狂犬病の予防注射を毎年1回受けさせなければならないことが「狂犬病予防法」により義務付けられています。